文学界にかんする考察

日本社会に、強い潜在的影響を及ぼす文学界について、考察していきます。

カテゴリ:レビュー・文学論 > 読書感想文によい本

作品がいつ、どこで書かれたかということは重要です。読んでいる途中でそれが知りたくなることが多いものですが、読んだ後にでも、そうしたことについて調べてみれば、作品に対する理解がより深まることでしょう。
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短編・中編小説(戯曲)

夏の夜の夢・あらし(新潮文庫)
シェイクスピア(著),福田 恒存(翻訳)
出版社: 新潮社; 改版(1971/8/3)

「夏の夜の夢」「あらし」はどちらもシェイクスピアの有名な戯曲で、妖精の出てくる幻想的な作品であるところが共通しています。

感想文におすすめなのは、シェイクスピア最後の作品といわれる「あらし」です。あらしはテンペストとも訳されます。

船の難破から始まる起伏に富むストーリーで、悲劇的な事件を発端とし、奇怪で、魔術的で、面白くて、深みのある、ロマンティックな、いくら言葉を重ねても表現しきれないくらい、すばらしい戯曲です。

華岡青洲の妻(新潮文庫)
有吉 佐和子(著)
出版社: 新潮社; 改版(1970/2/3)

華岡青洲は実在した人物です。

青洲は江戸時代の外科医で、世界初の全身麻酔による手術に成功しました。その過程が丹念に描かれる小説はそれだけでも読み応えのあるものですが、小説ですから、事実通りというわけではありません。

有吉佐和子はこの小説で、医学とは別のテーマを設定しています。どのようなテーマであったのか、ぜひ読み取っていただきたいと思います。

美しき惑いの年(岩波文庫)
カロッサ(著),手塚 富雄(翻訳)
出版社: 岩波書店; 改版(1954/7/5)

独立しても読める自伝的作品四部作『幼年時代』『若き日の変転』『美しき惑いの年』『若き医者の日』のうち、『美しき惑いの年』はカロッサの18歳から21歳にかけての時期が描かれた作品です。

医学を学び、開業医となるハンス・カロッサは第一次世界大戦と第二次世界大戦を経験することになりますが、ハンス・カロッサ(相良憲一・浜中春訳)『ハンス・カロッサ全集 第4巻』(臨川書店、1997)の解説によると、カロッサが青年時代を過ごしたこのころのミュンヘンは最も平穏で幸福だったといわれる黄金時代で、「イーゼル河畔のアテネ」と呼ばれる芸術の都だったそうです。

このような芸術家たちの世界で、また医者の卵として、カロッサはさまざまな経験をし、いろいろなことを考えます。作品の豊かな世界を味わい、そしてカロッサと一緒に考えてみてください。

長編

タタール人の砂漠(岩波文庫)
ブッツァーティ(著),脇 功(翻訳)
出版社: 岩波書店(2013/4/17)

この夏におすすめする、一押しの作品です。

長編小説ですが、長いとは少しも感じられないでしょう。内容はどこか不思議なところがありますが、読みやすい小説です。

作品の舞台にイメージを与えたとされるドロミテ・アルプス。

訳者解説によると、イタリアの作家ディーノ・ブッツァーティが愛したといわれる故郷ベッルーノから見えるその山並みの向こうは、もうオーストリアとの国境だそうです。19世紀前半、ベッルーノはオーストリアの支配下にあり、第一次大戦中には一時オーストリア軍に占領されたのだとか。

以下は「Pixabay」からお借りしたドロミテの写真です。
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細雪(上・中・下)(新潮文庫)
谷崎 潤一郎(著)
出版社: 新潮社; 改版(1955/11/1)

谷崎潤一郎の代表的長編小説です。

谷崎は『源氏物語』を訳していますが、この古典的な物語の世界を現代に蘇らせようとした作品だといわれています。四季の美しさの中で、四人姉妹の物語が展開します。

かなりの長編ですが、この小説もさほど長いとは感じられないでしょう。戦時下の困難な状況の中で典雅なこの物語が書き続けられたというのは、驚くべきことです。

水害の中での超人的な救出の場面など、いささか作りすぎではないかと思われる箇所があったりもしますが(わたしは台風被害に遭ったことがあるので、なおさら)、そこでは野心的な作品を数々手掛けた谷崎の清新な息吹が感じられるようで、微笑したくなります。

『源氏物語』は、過去記事「高校生の読書感想文におすすめの本(長編部門・ベスト5)」で採り上げました。

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ブログ「マダムNの覚書」に8月8日、投稿した記事の再掲です。
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短編・中編小説

夜間飛行 (光文社古典新訳文庫)
アントワーヌ・ド サン=テグジュペリ (著), 二木 麻里 (翻訳)
出版社: 光文社 (2010/7/8)

『星の王子さま』を書いたことで知られるサン=テグジュペリはフランスの作家ですが、パイロットでもありました。実体験をもとにドキュメンタリータッチで書かれた、美しさとスリルに満ちた作品です。

田園交響楽 (新潮文庫)
ジッド (著), 神西 清 (翻訳)
出版社: 新潮社; 改版 (1952/7/17)

盲目の少女が牧師に引き取られます。粗野だった少女は牧師のもとで成長し、次第に洗練されていきます。やがて、手術の成功で目が見えるようになった彼女が見たものは……? 

複雑な内容の小説ですが、複雑であるからこそ小説を読む楽しさが増し、当然、解釈もいろいろと出てきますから、それだけ感想文も書きやすいというわけです。

肉体の悪魔 (新潮文庫)
ラディゲ (著),  新庄 嘉章 (翻訳)
出版社: 新潮社; 改版 (1954/12/14)

ラディゲの長編処女小説といわれていますから、長編のグループに入れるべきでしょうが、ストーリーがシンプルであるためか、あまり長いとは感じられないので、このグループに入れました。

15歳の少年と19歳の人妻が出会い、あまやかに始まった恋愛は……という、よくありがちなストーリーの小説です。

しかし、よくありがちでないことには、この小説をラディゲは16歳から18歳の間に書き、20歳で夭逝(ようせつ)しました。

恋する男女の未来に何の手心も加えない、クールな筋の運びです。箴言(しんげん)のように響く言葉を頻繁に自身につぶやく主人公は、そうすることで恋愛を成熟の糧(かて)としているかのようです。

精緻(せいち)な心理描写に驚かされますが、わたしの場合は年取ってから再読した今のほうが驚きが強いように思います。

感性のネットワークを張り巡らせ、人妻に関係のあることばかりか自分から出た考えや感情に至るまで、全てをキャッチし、客観的に解釈しようとする、凄まじいばかりのエネルギーに圧倒されます。全文、どこにも弛緩(しかん)した箇所が見当たらないのです。

ラディゲに対抗するつもりで、意欲的な感想文を書いていただきたいものです。

草の竪琴 (新潮文庫)
トルーマン カポーティ (著), 大沢 薫 (翻訳)
出版社: 新潮社 (1993/3/30)

カポーティは『ティファニーで朝食を』のような軽妙洒脱(けいみょうしゃだつ)な小説や、この『草の竪琴』のような哀しくなるほどに美しい少年時代の小説を書く一方では、『冷血』の如き重厚なノンフィクション小説も書いた作家です。

次に紹介するフィツジェラルドとどこか共通点のある、アメリカらしい作家といえるかもしれません。

グレート・ギャツビー (新潮文庫)
フィツジェラルド (著), 野崎 孝 (翻訳)
出版社: 新潮社; 改版 (1989/5/20)

アメリカの一時代を知るためにも、ぜひ読んでほしい小説です。きらびやかな華やかさとわびしさが交錯する、ため息の出るような世界が描かれます。読書感想文は書きやすいと思います。

ハツカネズミと人間 (新潮文庫)
ジョン スタインベック (著),  大浦 暁生 (翻訳)
出版社: 新潮社 (1994/8/10)

アメリカの良心を代表しているような作家スタインベック。スタインベックの小説は社会派小説に分類されると思いますが、叙情味ゆたかで、哀切なところがあり、アメリカの土地の香りがしてくるようです。

マンスフィールド短編集 (新潮文庫)
マンスフィールド (著),  安藤 一郎 (翻訳)
出版社: 新潮社; 改版 (1957/9/3)

人間の気分というものは、周囲のちょっとした気配に影響されて一変することがあります。そうした過程を、マンスフィールドほど巧みに描いた人は少ないでしょう。

喜怒哀楽がこんなに微妙なところから誕生するとは、自分ではなかなか気づくことができません。このような人間の秘密を明晰(めいせき)な形にして教えてくれる、希有(けう)な作家です。

とても短い作品が多い短篇集ですが、読書感想文が書きやすいかどうかは微妙でしょう。

ただ、一編の短い小説から何枚もの絵画が出てくるかのような美しい作品ばかりなので、こうした機会にマンスフィールドの世界を知っていただきたいと思います。

萩原朔太郎 (ちくま日本文学 36) 
萩原 朔太郎   (著)
出版社: 筑摩書房 (2009/6/10)

萩原朔太郎は詩人として有名ですが、小説にもいいものがあります。

『猫町』『ウォーソン夫人の黒猫』はどちらもとても短い幻想小説で、感想文におすすめです。『ウォーソン夫人の黒猫』は心理小説なのかオカルト小説なのかわかりませんが、怖いですよ。上品な作風であるだけに……。

散文詩

プラテーロとわたし (岩波文庫)
J.R.ヒメーネス (著), 長南 実 (翻訳)
出版社: 岩波書店 (2001/2/16)

プラテーロというロバに語りかけられた、138編の散文詩です。読み進むにつれ、アンダルシアの風景や町並み、人々の暮らしなどが見えてきます。

プラテーロがどんなロバかは、こんな風に書かれています(11ページ)。

プラテーロはまだ小さいが、毛並みが濃くて、なめらか。外がわはとてもふんわりしているので、体全体が綿でできていて、中に骨が入っていない、といわれそうなほど。ただ、鏡のような黒い瞳だけが、二匹の黒水晶のかぶと虫みたいに固く光る。

1956年、ヒメーネスはこの作品でノーベル文学賞を受賞しました。

印象深かった詩のどれかを採り上げて感想文にしてもいいでしょうし、全体の感想を書いてもいいでしょうね。

戯曲

ギリシア悲劇〈1〉アイスキュロス (ちくま文庫)
アイスキュロス (著),  高津 春繁 (翻訳)
出版社: 筑摩書房 (1985/12)

高校生の夏休みにギリシア悲劇にチャレンジしてみませんか? 一生の宝物になりますよ。

一番目に収録された作品『縛られたプロメテウス』は、読書感想文にオススメです。

夜叉ヶ池・天守物語 (岩波文庫)
泉 鏡花 (著)
出版社: 岩波書店 (1984/4/16)

美の極致といってよい、泉鏡花の幻想的な戯曲です。ストーリーは、『天守物語』のほうがわかりやすいかもしれません。

日本美を堪能させてくれる泉鏡花の作品ですが、表現が古風に感じられるでしょうね。そこがいいのですが、鏡花の場合は小説より戯曲のほうが読みやすいと思います。

どちらも、青空文庫に入っています。

長編

白痴 (上巻) (新潮文庫)
ドストエフスキー (著), 木村 浩 (翻訳)
出版社: 新潮社; 改版 (2004/04)

白痴 (下巻) (新潮文庫)
ドストエフスキー (著), 木村 浩 (翻訳)
出版社: 新潮社; 改版 (2004/04)

白痴というタイトルは逆説的で、無垢、清浄、天上的知性という意味合いが含まれているように思います。

主人公のムイシュキン公爵は、ひとたび知れば、なつかしい人物となります。

この小説では会話が多く、それに圧倒されるためか、それほど長いとは感じられません。読み応えはたっぷりあります。

ジェーン・エア (上) (新潮文庫)
C・ブロンテ (著), 大久保 康雄 (翻訳)
出版社: 新潮社; 改版 (1953/2/27)

ジェーン・エア (下巻) (新潮文庫)
C・ブロンテ (著), 大久保 康雄 (翻訳)
出版社: 新潮社; 改版 (1954/1/12)

ジェーン・エアを好きか嫌いかは別として、ジェーン・エアを知らない自分というものが、わたしは想像できません。英文学の定番――の一編――といえます。

長編ですが、難しい作品ではありませんし、ストーリーには不気味で謎めいたところがあるので、肝試しのノリでどんどん読めると思います。

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最近「高校生の読書感想文 おすすめ」といった検索ワードで、当ブログをご閲覧になる方が増えました。

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わたしはこれまでに、高校生が読書感想文を書くのによいと思われる本の紹介記事を6本書きました。高校生の読書にふさわしいと思われるバランスのとれた、文学作品としての品格を備えた作品を紹介するように努めてきました。

アクセスが最も多いのは以下の記事です。

書店で目につく本は毎年変わるので、用事で中心街に出かけた帰りに書店に寄り、書棚で目についた3冊の本のタイトルと出版社名をメモ帳に書き留めてきました。

わたしが持っている本とは翻訳者、出版社などが違いますが、ざっと中身を確認し、おすすめできると思いました。

これまでにわたしが書いた記事では、高校生の理解力を考慮した、よくまとまった、定番的な作品を主に紹介してきました。

今回は、「この本が文庫で買えるなんて、何てすばらしい」と思った本を紹介することにしました。何年か経ってほしいと思っても、絶版になっていたりして思うように入手できないことがあるのですね。

ところで、あなたはフランス料理を召し上がったことがありますか? 

わたしは国内から一歩も外へ出たことがなく、フランス料理店にも入ったことがないので、縁がありません。欧風料理店でランチを注文したことがある程度です。

ですから、フランス料理のフルコースといわれても、漠然と想像できるだけですが、文学の世界でなら、この日本にいながらにして(翻訳されたものを通して)、数々のフルコース(長編)に舌鼓を打ちました。

「暗黒事件」は、そんなフルコース的な絶品小説をせっせと世の中に送り出したバルザックの長編小説です。長編ですが、それほど長くない手頃な長編で、フランスの文豪バルザックの諸作の中でも、とりわけ有名な歴史小説です。

暗黒事件: バルザック・コレクション (ちくま文庫)
オノレ・ド バルザック (著), 柏木 隆雄 (翻訳)
文庫: 443ページ
出版社: 筑摩書房 (2014/6/10)

この本を開くと、歴史の勉強で味もそっけもないものとして「フランス革命」「ナポレオン帝政」などと脳味噌に刻みつけられた歴史用語が突然香りを放ち、生き生きとした姿を見せ始めることでしょう。

わかりにくい箇所は飛ばして読んでもいいと思いますよ。あとで気になれば、ネットでなり、辞書、事典、年表でなり、調べればよいことです。

一番大事なのは、作品の香りを嗅ぐことですから。

勿論、わからないところを調べながら読めば、より読書を楽しめるでしょう。

そして、興味を惹かれた箇所をノートに書き出すことから、感想文の第一歩を始めてみては如何ですか?

以下の2冊に収められた作品は、エッセイ的な要素の強い作品です。プロットのはっきりした小説に比べると、感想文が書きにくいかもしれません。

でも、こうしたタイプの本の読書では、気ままな散歩のような気楽さがあり、一部分を採り出して感想を書いても様になる――感想文らしいものになる――という強み(?)があります。

これらの作品を読んだことのある場合とない場合とでは、この世というところが違って見えてくると思います。洗練された、良識的な物の見方とはどういうものかを教えてくれることでしょう。

マルテの手記 (光文社古典新訳文庫) 
ライナー・マリア リルケ (著),  松永 美穂 (翻訳)
文庫: 394ページ
出版社: 光文社 (2014/6/12)

ヘンリー・ライクロフトの私記 (光文社古典新訳文庫) 
ジョージ ギッシング (著), 池 央耿 (翻訳)
文庫: 331ページ
出版社: 光文社 (2013/9/10)

読書感想文を書くというイベント(宿題)を通して、ぜひすばらしい文学作品に触れてみてください。


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  基幹ブログ「マダムNの覚書」のアクセス解析を見たら、以下の記事に嵐の如く……

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 最新版より、とにかく短いものをと思うのだろう。最新版では岡本かの子、上田秋成の短編も紹介したが、難しいだろうか。かの子の短編には面白いものも多く、秋成のは怪異譚集だから、夏場にはいいと思ったのだけれど、とっつきにくいかしら。

 相変わらず村上春樹の記事にアクセスが多いのは、宿題に出るからだろうか。教科書にどんな作品が使われているか調べてみた。予想した以上に使われていた。わたしがリサーチしたところでは、村上春樹の作品を教材にする場合、どう指導にしたらよいのかわからない先生も多い様子。

 そりゃそうだろう、村上春樹の小説はどう考えても娯楽小説だから。権威が一人歩きしてしまっていて、怖い。そのあたりの裏事情をここ数年調べてきたわけだが……

 村上春樹とか、最近の芥川賞作品といった、純文学の皮をかぶった、本当の意味では娯楽小説ともいえない(楽しませる工夫に徹底しているともいえない)、文学作品としては粗悪としかいいようがない作品を学校ではよく読まされているようで、可哀想になってくる。

 読書感想文を書くのに適した本は、例えば岩波文庫などを探せばいくらでも見つかるのだが、ほとんど本を読まない高校生の感想文に適した本を選ぶとなると、これが難しい。

 日本の青春文学といわれる――今でもそういうかどうかは知らないが、わたしの若い頃はそうだった――太宰治、坂口安吾、北杜夫の作品をあたってみた。

 太宰治の作品はKindle Paperwhiteで読むと、これが何と印象が変わってしまった。自分の電子書籍と同じ体裁で読むせいで、あらを探すような読み方になるからだろうか――繊細だと思っていた太宰の文章は案外粗い。粗いのは文章だけではない。

 北杜夫は昨年紹介した。短いもので、となると……うーん。

 坂口安吾のものは『白痴』『桜の森の満開の下』などいいように思うが、この手のものをいきなり読むとなると、理解できるかしら。

 ベスト3にはチェーホフの短編集から1編選んだ。『ロスチャイルドのバイオリン』が河出文庫で読めることを知ったから。全集でしか読めなかった作品を文庫で読めるようになるのは、嬉しい。

 チェーホフの短編には童話に近いようなものもあるが、それらでは感想文が書きにくい気がする。チェーホフには、成人男女の心の機微を表現した大人っぽすぎる作品が多い。別のタイプの『六号室』『黒衣の僧』などは名作だが、いろいろと読む中で読むにはよくても、いきなりだと脳への影響が心配になる。

 そうした中で『ロスチャイルドのバイオリン』は読みやすく、感想文も書きやすいと思う。文庫も今はすぐに手に入らなくなったりするので、これは稀少価値。

 夏目漱石、実はわたしはあまり好きではない。文章に凝りすぎるところが鼻につくし、官僚臭(エリート臭というべきか)が残っている気がする。神経症患者特有の観察癖が不快だ。バルザック、ユーゴー、ゾラといったフランスの文豪の作品と比べると、如何にも日本的せせこましさがあるのではないか。

 といっても、漱石の教養、観察眼はすごい。文章も勿論、超一流のものだ。『文鳥』を読み返し、最近文鳥を飼いたいとおもったことがあったせいか(飼えないが)、文鳥の描写のすばらしさにやはり漱石は凄いと思った。その文鳥を死なせた挙げ句、それを家人のせいにする主人公。嫌な男だが、そんな男をぬけぬけと描写してみせる漱石は面白い男だともいえる。

 文鳥に女性の思い出を絡めるところは技巧めいているが、そのことが文鳥の美と生命を夢のような結晶の域にまで高める働きをしている。漱石のことだから、それも計算のうちだろう。小道具としての鈴木三重吉も利いている。そうした物書きとしての計算高さを感じさせるところに、物書きとしてはむしろ信頼感を覚えてしまう。

『夢十夜』その他の作品もいいが、感想文にしやすいのは『文鳥』ではないだろうか。前掲の2011年の記事「「1日あれば大丈夫」でもわたしは漱石の『琴のそら音』(百年文庫31 灯)を2番目に選んでいる。漱石の作品には(個人的な好き嫌いは別にして)、安心感があるのだ。作品としての安定感があり、品位を感じさせる。

『狭き門』について、わたしは年をとるごとに作者や宗教思想に関する知識が増し、いろいろと考えることも出てきたが、この作品のみずみずしい印象は色褪せない。ページ数からすれば、中編に入るのかもしれないが、決して長い作品とは思わせない力がある作品なので、ぜひ、若い頃に読んでほしいと思う。

 恋が叶わないからといって、ストーカーになり、挙げ句に殺したりといった、即物的な行動が増えてきたのは、このような青春文学を学校で積極的に読ませなくなったからだと思う。『海辺のカフカ』が青春文学だなんて、馬鹿なことをいってはいけない。18禁に指定すべき作品ではないか。読書慣れしていない脳にどんな影響を及ぼす可能性があるか、教師はよく考えてほしい。

 読書が人生を変えてしまうことはよくある話だ。

関連記事(基幹ブログ「マダムNの覚書)

2013年7月28日 (日)
  高校生の読書感想文におすすめの本 2013年夏(短編部門・ベスト3)
  http://elder.tea-nifty.com/blog/2013/07/2013-afec.html

2013年7月25日 (木)
  高校生の読書感想文におすすめの本 2013年夏
  http://elder.tea-nifty.com/blog/2013/07/2013-3172.html
2012年7月28日 (土)
  高校生の読書感想文におすすめの本 2012年夏
  http://elder.tea-nifty.com/blog/2012/07/post-285f.html
2011年8月23日 (火)
  高校生の読書感想文におすすめの本~ 1日あれば大丈夫(短編部門・ベスト3)
  http://elder.tea-nifty.com/blog/2011/08/post-8442.html

2011年8月16日 (火)
  高校生の読書感想文におすすめの本~一押し(中編部門・ベスト1)
  http://elder.tea-nifty.com/blog/2011/08/post-286a.html

2011年8月13日 (土)
  高校生の読書感想文におすすめの本(長編部門・ベスト5)
  http://elder.tea-nifty.com/blog/2011/08/post-ad1a.html

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 先週くらいから、基幹ブログ「マダムNの覚書」の以下の記事にアクセスが集中しています。

 まだ夏休み前だと思うのですが、今年は出足がよいようで……どうして?

 これまでは8月も半ばとなってようやく、狂ったように(?)この手の記事にアクセスが集中したものですが……。今回は、わたしの書評の記事にはそれほどアクセスが増えていないので、これは生徒さんではなく、もしかしたら先生?

  生徒さんだったら、感想そのものを盗めるものなら盗みたいようで、あちこち漁った跡がアクセス解析から知れるんです。

 でも先生だとすると、1日あれば、という記事に集中するのが不自然ですね。うーん、どなたがアクセスなさっているのかしら。

夫は、「1日あれば、なんていう不届きな記事がある――と思って、先生がチェックに来ているんじゃないのかな?」といいました。考えてみれば、そうですね。さすがは、授業のサボり魔だったという夫。そのあたりの洞察には力量を発揮します。でも、先生それは誤解です。高校生時代に読むと糧となるような作品を様々な角度――みずみずしさ、深み、思想的中庸、読みやすさ……――から分析して選んでいます。

 前掲の記事は、2011年版中編、長編も同時に紹介しており、また2012年版(中編中心)へのリンクもあるので、我ながら親切な記事だと思っていますが、生徒さんにはできれば中編くらいは読んでほしい気がします。

 その陰で、わたしは自己出版した電子書籍『台風』の無料キャンペーンを淋しくやっております。まだ誰もダウンロードしてくれません。純文学小説の2回目のキャンペーンは厳しいのでしょうか。

『台風』は高校生が登場する純文学小説で、読書感想文にもそう悪くはないと思うのですが(媒体さえあれば現在無料だし)、市民権を得ていない小説をすすめるわけにはいかないので(いや、内容からすると、『台風』は大人向きでした。先生におすすめします)、孤独に次の電子書籍の作成に励んでいます(というより、ずっと別のことにかまけてサボっていました)。

 作成中の電子書籍『茜の帳』は三部構成で、一部は幻想小説「茜の帳」とエッセー「萬子媛抄」、二部は祐徳稲荷神社で詠んだ俳句、三部はブログ「マダムNの覚書」で公開した萬子媛に関する記事で構成。

 三部に収録するエッセーをリストアップし、現在これの作業中です。

  • 2012年1月 9日 (月)
    祐徳稲荷神社 ①初詣
  • 2012年1月12日 (木)
    祐徳稲荷神社 ②石の馬と「うま」くいく御守り。
  • 2012年3月12日 (月)
    祐徳稲荷神社 ③萬子媛ゆかりの石壁神社にて
  • 2013年1月 5日 (土)
    初インスピレーションと石の馬の夢
  • 2013年2月17日 (日)
    不思議なこと
  • 2013年3月22日 (金)
    萬子媛の美麗なオーラ
  • 2013年4月20日 (土)
    同人雑誌と萬子媛のこと
  • 2013年4月22日 (月)
    宗教の違いなんていうけれど……マグダラのマリア伝説と萬子媛
  • 2013年5月23日 (木)
    萬子媛のお社

2013年7月13日

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